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01/15/2007

恥辱

 最寄の大通りであるキルバーン・ハイロードには電車や地下鉄の駅が4つあり、なかなか交通には便利な場所です。ロンドンの中心地と比べるとややうらぶれた趣で、歩く人々もヨーロッパ系の姿のほうが少ないくらいで、通りにはアラビア語の看板も多く見かけられます。

 用事があり、この通りにある銀行に行きました。午後3時ごろですが、店内には数人の客が並んでいました。列の最後尾についた私が待っていると、ひとりの男が掌を私の前に差し込み、割り込んできました。列を横切って歩きたいのかと思いきや、なにやら中途半端な位置に立ち止まり、知人らしき連中と私の頭越しに話しています。わずか数分で、すでに私の後ろには数人の列が伸びていました。

 列が前方に動いたのに、男が前に進む様子もないので、私はその男を避け列を詰めようとしました。すると男が、その場所は自分の位置だということを挑発的な口ぶりで主張してきました。もともと自分はそこにいて、少し場所を離れていただけだと言うのです。

 私は比較的寛容なほうだと思います。自分とは違うモラルで生きている人に自分のモラルを強要することはしたくないほうです。そもそも銀行の受付の順番が多少ずれるくらいはどうでもいいことです。なるべく相手にしないようにしていたのですが、その男の態度は腹に据えかねました。

 英語が分かるのか、と、男は私に言いました。ふだんこんなところで口論などしないのですが、思わずその男の言うことに反論を始めてしまいました。

 お前、どこの国から来たんだ、と、男は私に尋ねました。もちろん私はそんな罠にかかるほど愚かではありません。男の意図は極めて単純でした。まともに答えれば、さらに侮辱的で薄汚い言葉が返ってくるのは目に見えています。こうした場面でそうした質問をする男の精神構造自体が、とても哀しいものです。

 そこにいたければいろよ、と、私は言いました。男は必死になって私を侮辱するための言葉を探していましたが、もともとそれほど豊富な語彙を持っているわけではなさそうでした。ただ自分の仲間と一緒に私のことを嘲笑していました。

 その男の言葉から、彼の出身国がどこかは想像がつきました。けれどもそれがどこであろうがどうでもいいことです。人種や国に偏見を持つ人はどこにでもいます。しかし自分の英語の発音や抑揚が不完全であったために侮辱を受けるのかと思うと自分自身に対して無性に腹が立ちました。

 とはいえ、思えば大学にいた間は、ここまで露骨な態度をとる人には会わなかったように思います。そもそもこういう体験をすることもここに住む目的のひとつなのですから、せっかくの機会をもう少し味わうくらいの余裕があってもよかったのです。

 あえて自分が日本人であると告げ、彼の口から出てくる言葉を採集し、標本のように持ち帰ることだってできたのです。

 恥辱の味だって、それと分かって口に入れれば、苦味も酸味もなかなか味わい深く感じるかもしれません。

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Comments

ご無沙汰しております。大仏です。
なんか読んでるだけで僕も腹が立ちました。
ところで、石塚さんと知り合って結構経ちましたが、確かに寛容ですね。一度も怒っている所を見たことが無いような気がします。怒るとどんな感じなんですか?というか声を上げて怒ったことってあります?
ではまた、お元気で。

Posted by: 奈良の大仏 | 01/17/2007 at 01:51 PM

大仏さん

世の中、ままならないことはたくさんあるけれど、悪意を持って接してくる人はそれほど多くないので、自分のためだけに怒るということはそれほど多くない気がする。それよりは情けなくなったり、哀しくなることのほうが多いかな。
でも怒るときは本気で怒るよ。ただ怒りを露わにするべき場合とそうでない場合は選べるつもり。たぶん自分の子供ができれば、怒るべきときも増えるんじゃないかな。

Posted by: 石塚 | 01/18/2007 at 01:07 AM

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