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12/31/2006

テムズの花火

 元日は和食のつもりで準備をしていました。おせち料理といえるほどの材料は入手できなかったのですが、できるだけ和食らしいものを作るつもりでした。もっともどんなにがんばって料理をしても、重箱はもちろん和風の食器もそろっていません。

 それでもいちおう正月用のつもりでいろいろと用意をしたつもりだったのですが、結局、今日作った分はほとんど今日のうちに食べてしまいました。どうもみんなの食欲を見くびっていたようです。

 夕食後、テムズの河畔に繰り出しました。カウントダウンの花火があるというので、エンバンクメントの駅から河畔に至る道はどこも人だかりで、人波にのっている限り道に迷う心配もありません。

 11時ごろ河畔に到着したときにはすでに川岸には何重にも人が群がっていました。適当な場所を見つけ、仲間と一緒にたたずんで待つうち、人の群れはさらに厚く重なっていきました。

 ロンドンアイは虹のごとく色を変え、ちょうどその左に位置するビルの壁面がスクリーンの役割を果たし、映像が投影されていました。そして11時40分くらいから5分おきくらいに年が変るまでの時間が表示され、そのたびに群衆から歓声が沸き起こるのです。

 1分前からは秒刻みに残り時間が表示され、年が明けた瞬間から大量の花火が上がりました。花火はロンドンアイのすぐそばから打ち上げられているのですが、ロンドンアイ自体から噴出しているものもありました。イギリスで2度目の年越しです。テムズの河畔でロンドンアイとビッグベンを見ながら年を越すのは、もしかすると最初で最後かもしれません。

 去年、バースでは大聖堂の広場で年を越した直後から、相手の見境もなく、皆がお互いに抱き合い、キスをしていました。クラスメートからは、せっかくキスができるチャンスなのに、なにやってるの、たくさんチャンスを逃しているよ、などと言われていました。ロンドンでは、一部の人が嬌声を上げてはいるものの、大半の人は節度を保っていました。

 花火が終わると群集全体が移動を始めます。通りが人で埋め尽くされ、決まった方向以外に歩くことはほぼ不可能です。イギリスでこれほどの群集を見るのは初めてです。携帯電話で友達にメッセージを送りたかったのですが、電波が錯綜しているのか、うまくいきませんでした。

 駅に近づくと群集の動きはますます緩慢になります。酔っているらしい女性が大声で、みんな、私を持ち上げてよ、そして前のほうに運んでよ、などと叫んでいます。誰も相手にしてくれず、次第にいらだってきた彼女は、罵言を吐きながら、自分の周りの人にひとりずつ声をかけ始めます。私も肩をつかまれ声をかけられました。

 動きの止まった群衆の中で耐えているうちに、雨が降り出してきました。チャリングクロスの駅の表示はすぐそこに見えているのですが、駅に入ることができません。駅の入り口で、蛍光色の制服を着た警官が、群集を誘導しています。女性のひとりが、突然、若い警官に熱いキスをしました。彼は多くの視線を集め、頬を紅潮させていました。

 ようやく駅に入場すると、構内は意外に空いていました。切符売り場はさぞかし混雑しているだろうと想像していたのですが、今日は地下鉄は無料です。

 午前3時くらいまで地下鉄に乗れないという噂も聞いていたのですが、2時には友人たちを連れてフラットに帰ることができました。年越し蕎麦を作るには遅すぎます。オーブンで餅を焼いて食べました。

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12/30/2006

気まぐれ

 リンは来ませんでした。最初は、年明けに来るという話だったのですが、突然、今日という話しになり、今度は元日に来るという話が、また一転して、やはり明日来ると言い出しています。

 当初は、1月はここに住むと聞いていたのですが、先ほどすでにロンドンで他に住む場所を探したという話になっていました。一体なにがどうなっているのか分かりません。リンはいつもこうです。相手をしていたシュアンがかなり興奮しており、遊びに来ていたフェイがなだめていました。

 混乱のさなかに、ソフィアはどこかの博士課程に進学し、イギリスに残るという噂も聞きました。ソフィアが一時期そういう話をしていたのは知っていますが、とっくに断念したと思っていました。今日、本人と連絡する機会があったので、確認してみたところ、それはもう考えておらず、やはり1月末に帰国の方向ということでした。

 コース修了後、イギリスに残った仲間もそろそろまた結論を出す時期です。年末年始で、世の中が正常に機能していないので、ことが思うように進みません。

 それぞれの思惑を抱えながら、年末年始のパーティーが次々と予定されています。

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12/29/2006

出入り

 シュアンが短期の社内翻訳の仕事にありつき、今日、初出勤でした。彼女はこの仕事が取れるか否かでイギリス滞在の延長を決めるつもりでした。おそらく年明け早々、新たなビザの獲得に動くことでしょう。どこかの学校の学生ビザで滞在するつもりのようですが、まだいくつかの問題も残されています。

 昨日はバースの後輩や同期生たちが遊びに来てくれました。明日は中国人の友人たちを日本食材店に連れて行きます。年末ということもあって、人の出入りの激しい毎日です。

 明日、リンがうちのフラットにやってくることになりました。ドーハで警察に連行されたあのリンです。数日前から、正月をうちで過ごせないかという打診は受けていました。ただどうも話はそれだけではないようで、リンは今後、ここに住みたいということのようです。

 一体になにが起こるのでしょうか。明日、リンが来るまで詳しいことは分かりません。リンが来るとこのフラットが今まで以上ににぎやかになることは間違いありません。

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12/27/2006

もうひとつの課題

 町では年末のバーゲンをやっているようですが、昨日からちょっと忙しくて、ずっとフラットにこもってPCに向かっています。どうせすぐにまた引っ越すことになるので、今は荷物を増やしたくないので、買い物には興味がありません。

 今、自分にとって一番の課題は英語の音声に関わる問題、特に自分の英語をいかに聞きやすくするかという点だと思うのですが、それとは別に英語で思考を展開させていく作業もまた一筋縄では片付きません。最近、日本語で話す機会はめっきり減っていて、英語のみでやりとりをしているわけですが、読み書きが少ないので、その部分の訓練が手薄になっているようです。英語でメールを書かねばならない機会は増えましたが、それでは補えない要素があります。

 シュアンも案外途切れることなく翻訳の仕事が来ていて、今日はずっと翻訳にかかりきっています。

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12/25/2006

聖誕祭

 朝一番にジェームス・ブラウンが肺炎で他界したとのニュースを知り、衝撃を受けました。来日公演も多かったので、ジェームス・ブラウンのライブには5回くらい行ったと思います。ちょうど前日にも彼の話をしていました。

 夕方からはみんなでクリスマスの料理をしました。メインは七面鳥の丸焼きとシェパード・パイです。集まったのは中国人と日本人ですが、料理はイギリス風です。実際にクリスマスに七面鳥の丸焼きを食べたのは初めてです。

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12/24/2006

封印を解く

 年末年始の来客が訪れ始めました。数日前の討議で、クリスマスイブは東洋料理、クリスマスは西洋料理にしようという決議が採択されていました。

 私が日本人でそれなりに料理をするということが知れると、決まってリクエストされるのが寿司です。日本の外では寿司が最もよく知られた和食であり、多くの人はそれしか知りません。

 とはいえ海外の寿司といえば、見るからに奇妙なものばかりで、あれをもって寿司のなんたるかを判断されては心外なものばかりです。むろん私だって家庭料理の水準で寿司を作ることはできなくはありません。けれども、イギリスの乏しい食材で寿司を作り、日本文化に対する誤解を助長するのは気が引けます。ですから、今まで機を見て和食を振舞ってはきたものの、寿司を作ることだけは頑なに拒んできたのです。

 けれども今回、とうとう思い切って寿司を作りました。ここで手に入る食材でどこまで寿司らしきものを作れるか試したかったのです。

 イギリスでも運がよければ生で食べられる鮮度のマグロは手に入るのですが、残念ながら今回は満足のいく品質のマグロが見つかりませんでした。そのため魚はスモークサーモンと酢漬けの鰊のみです。魚に味がついている分、酢飯の味は控えるべきでしたが、案外、そこそこの味にできました。酢は和食の食材店に行けば、米酢も手に入るのですが、今回はスケジュールを調整できず、ワインビネガーで代用しました。

 一緒に料理をしたシュアンとフェイにとっては、とにかく寿司を作るところを見学するのが楽しかったようです。ちなみに彼らは別の中華料理をつくってくれました。

 元日はふたたび純和食に挑戦する予定です。

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12/23/2006

買出し

 クリスマスのための買い物に行きました。シュアンの二人で出かけたのですが、荷物が多くて運びきれず、帰りはタクシーを呼びました。

 午後からはひとりで不足しているものの買い物に行きました。どの町も人手が多く、思うように歩けません。スーパーのマルドワインはすでに売り切れでした。一本だけ確保しているのですが、足りなそうです。どこかから調達せねばなりません。

 クリスマス用のワインは少しいいものをと思ったのですが、近所ではなかなか満足するものが売っていません。ようやくシャトー・ヌフ・ド・パプが見つかったので、今回はこれを飲むことにします。

 日本では、特別なときにはこのくらい物はよく飲んでいたのですが、イギリスに来てからは極端に安いワインばかり飲んでいます。周りがあまり酒を飲まない人か浴びるように飲む人ばかりで、質にこだわる人が少なかったせいかもしれません。

 ドーハで長年愛用してきた携帯用三脚が壊れてしまったので、今日、新しいものを買いました。写真はほぼ毎日撮るので、三脚は必需品です。カメラ、辞書、MP3プレーヤーは、たいていの場合、持ち歩いています。

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12/22/2006

氷の上で

 今、私の住んでいるのはロンドンの北西のはずれなのですが、今日は中心部から見てほぼ対角線上にある南東のはずれまで出かけスケートをしてきました。

 スケートリンクは旧英国王立海軍兵学校(Old Royal Naval College)のなかにあり、休憩所ではホットチョコレート、ミンスパイ、マルドワインなども売っています。

 この大学自体、バロックの壮麗な建物で構成されています。ここ数日のロンドンは本格的な寒さで、朝晩は町中が濃い霧に包まれます。スケートリンクで戯れる子供たちは妖精のようでした。

 帰りはパブに行きました。ドーハから帰って以来、初めてのパブです。ドラフトのエールを飲んで、ようやくイギリスに戻ってきた感じがしました。

 イギリスのオフィスは明日からクリスマス休暇に入るところが多いようで、ソフィアも今日からバースに行きました。来年の1月2日まで帰ってこないそうです。

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12/21/2006

求婚

 午前中、ちょっと仕事をしたあと、シュアンから掃除をしようと言われました。私とソフィアが留守の間はほとんど家事をしていなかったようですが、今日のシュアンはいつになく熱心に掃除していました。やはりひとりだと生活に張りがなくなるのでしょう。

 夜は二人のPCの世話で時間がつぶれました。なにかしようとするたびに声をかけられるので、自分のしたいことになかなか集中できません。

 ようやくひと段落つき、自分の用事にとりかかっていると目の前でシュアンがげらげら笑っています。シュアンの友達がある女性に求婚しているようすが実況で伝えられてくるらしいのです。

 現在、故郷ハルビンに一時帰省中のその男性はMSNメッセンジャーを使いロンドン滞在中の女性とやり取りする一方、女性の反応を誰かに報告しているようです。そしてその誰かが知り合いの何人かに実況中継しているのです。

 実はこのふたり、バースの寮にいたころ、私の向かいのフラットに住んでいたので、私もよく知っています。男性のほうはさばけた性格で親しみやすいのですが、女性のほうはいつも部屋にこもってゲームばかりしていました。

 この二人は付き合っていたの、とシュアンに聞いてみたところ、ある程度、という答えが返ってきました。

 この女性は、自分の返答が世界中の注目を集めていることなど知る余地もありません。シュアンは、ずっとこの二人のやりとりを見守っていたようですが、ついに眠すぎると言い、諦めてしまいました。

 今日、バース大学の通訳翻訳修士課程のページにこのブログが紹介されているのを見つけました。

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12/19/2006

遅れ

 翻訳三昧です。風邪気味で、予定よりもやや遅れ気味です。

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12/17/2006

休日

 昨晩から大家のマークが泊まりに来ており、さらに午後からはドーハにも一緒に行ったフェイが遊びに来ました。フェイが言うには、今朝から自分のフラットの電気、ガス、水道がすべて止まっており、大家は夜中まで連絡が取れないそうです。

 夕方は友達に会うために出かけねばなりませんでした。バースの卒業式に出るためイギリスに来ていた友人たちが明日、台湾に戻るため、一緒に夕食を食べに行ったのです。

 今日はほとんど翻訳が進みませんでした。

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12/16/2006

帰還

 飛行機に乗る直前までハプニングの連続でしたが、ともかくロンドンに帰りつきました。機内ではMAIT同期の4人で並んで座っていました。

 カタール航空の機内はそれぞれの座席に液晶ディスプレイが設置されており、映画、音楽、テレビ、ゲームなどを楽しむことができます。映画のチャンネルは言語別に分かれており、ひさびさに邦画を見ました。

 『明日の記憶』という作品で、主役の渡辺謙が若年性のアルツハイマーにかかったビジネスマンを演じ、渋谷の町を走り回る場面があります。かつては毎日のように歩き回っていた風景です。他にも日本の家庭の様子などの細部に眼がひきつけられました。

 中東からヨーロッパに帰る空中で見る日本は思いがけない親密さを持っていました。だからといって特に日本に帰りたいという気持ちを駆り立てられることはありません。ただ遠く離れた場所から日本のことを思い出すのが楽しいのです。

 ヒースローには数人の友人がわざわざ出迎えに来てくれました。ソフィアとリンは、それぞれの彼氏が迎えに来ていて連れられていきました。

 フラットに戻ると、冷蔵庫にはまともな食糧はほとんどありませんでした。シュアンはこの半月間、ほとんど料理をしなかったそうです。リビングの電球も切れているのですが、交換できないようです。結局、夕食はシュアンの分まで私が用意するのです。

 それでも誰もいない部屋にひとりで帰ることを思えば、気心の知れた仲間がいるのは幸せなことです。

 明日からはまた翻訳です。ドーハにいる間は量を減らしてもらっていたのですが、今週からまた平常に戻します。

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12/15/2006

逮捕

 閉会式の今日、ほとんどの通訳者は仕事がなく、カタールでの最終日をどのように過ごすか、みなそれぞれの計画を立てていました。それぞれの選択肢にそれぞれの人間関係が絡み、迷いつつも、私は結局、あらかじめ決めてあった約束を振り切りきれず、バースの仲間と市内観光に繰り出しました。

 主な目的地はスークと呼ばれるアラブの商店街です。モロッコでもいくつかのスークを経験していましたが、カタールのスークはモロッコよりも近代化されており、商品の品揃えもまったく違いました。

 一日も終わりが近づいた頃、スークのはずれの広場にたどり着きました。広場の真ん中には楽団が陣取り、テラスのあるカフェで一帯に満ちる音楽を聴きながら、くつろぐことができます。

 我々も思い思いのお茶を飲み、ロンドンで覚えた水煙草を吸い、ドーハの最後の夜を堪能していました。

 すぐに中国語通訳のリンがバルコニーの上で踊り始めました。こうした場面でリンが踊りだすのはいつものことなので、私とフェイは特に驚きもせず、リンのしたいようにさせておきました。

 リンの踊りはすぐに衆目を集め、広場中の人々が我々の席のほうを向いていました。カメラを持っている人の姿もちらほらと見えました。

 カフェのウェイトレスも大喜びで、なんなら広場の真ん中の楽団の前で踊ってもいいよ、と言っていました。リンにお茶を奢ってくれる人もいました。ドーハの地元の人も我々の席に寄ってきて、なにかと話しかけてきました。

 一時間ほど踊ったリンが疲れ果てたので、我々は帰りのタクシーを拾うことにし、大通りのほうに向かい歩きはじめました。

 ふいにあまり人相の良くないアラブ人に英語で呼び止められました。最初、白タクの客引きかなにかだろうと思い、相手にしていなかったのですが、どうも様子が変です。

 男は、とにかく話があるから来い、というのです。目的は分かりません。理由を聞いても話そうとしません。

 やりとりをしている間に相手の数は三人に増えました。男の差し出す身分証明書を確認すると相手は警察でした。

 諦めて警察に行くと署内のテレビでは、アルジャジーラがアジア大会の閉会式の模様を放映していました。

 身分証明書を出せ、というのですが、パスポートはホテルに置いており、所持していたのはアジア大会の通訳者としての登録証のみです。私もそれを提示したのですが、必要ないといわれました。問題なのはリンだけなのです。

 踊っていただろ、と警察官はいいました。どうやら公衆の面前で踊ることは禁じられていたようです。

 もしかしたら携帯のカメラで写真でも撮っていたんじゃないか、携帯を出してみろ、と言われました。今度は全員です。我々は現地のエージェントから支給された安物のノキアを取り出して見せました。

 カメラは持ってないか、と言う質問をしつこく繰り返され、携帯はこれだけでカメラはついていません、と答えました。

 リンだけが別室に呼び出され、尋問を受けることになりました。リンは席を立つ瞬間、自分の鞄からカメラを取り出し、私の掌のなかに落としました。

 幸い私の鞄には多くのポケットがついていました。リンがいなくなってから私は、リンのカメラと自分のカメラを鞄のなかの最も分かりにくい場所に隠しました。

 警察には30分ほど身柄を拘束されていました。

 明日、12時45分発の便でロンドンに向かいます。空港まではエージェントのクルマで送ってもらえます。

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12/14/2006

ほぼ完了

 今日は初めてメイン会場のアスパイアに行きました。担当は水泳の飛び込み競技でした。日本勢もいい線まで行ったのですが、結局、メダルは取れませんでした。

 開会式は明日ですが、今日でほぼ業務は完了です。今日の夜は現地のエージェントの主催でパーティーがありました。会場はマリオット・ホテルで、料理もおいしかったです。けれどもアルコールは出ませんでした。

 パーティーの途中、なにやら秘密めいた合図を受け取りました。テーブルの下からウォッカのミニボトルが回ってきました。自分ではお酒を飲めないバースの同級生がわざわざ私のために回してくれたのです。

 パーティーのあとはクラブに行きました。中途半端な盛り上がりでしたが、そこではお酒も飲めました。けれどもあいにく現金の持ち合わせが少なく、ビール一本しか飲めませんでした。

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12/13/2006

なくて七癖

 今日はまたフェンシングの担当でした。会場に着いたときにはすでに日本選手は残っていなかったので、その時点で私の出番がないことはわかっていました。

 銀の韓国と金の中国の記者会見の直前、中国語通訳者のフェイが、緊張している、と漏らしました。なにかただならぬ気配を感じ、理由を聞くとフェイはわざわざ私を部屋の外に連れ出しました。フェイはバースの同期で、今でもロンドンでの遊び仲間です。

 フェイが言うには、昨日の会見で、韓国語の通訳者が間違った通訳をし、記者から厳しいクレームがついて、場内が騒然となったそうです。今日の韓国側通訳を担当するのが、その問題の通訳者なのです。

 今日の会見でのフェイの通訳は見事なものでした。脱帽です。それでもフェイは中国語コースのなかで特に優秀な学生ではなかったようです。

 問題の韓国語通訳者は、かなりゆっくりとしたスピードでひとことひとこと搾り出すような口調で話していました。そして記者の質問が聞き取れないときは、身を乗り出して確認し、質問を反復して確認していました。

 会見が終わるとNY在住のロシア語通訳者が韓国語通訳者に向かってげらげら笑いながら、いやはや、楽しませてもらったよ、お前の通訳はなかなかいいね、おれは好きだ、と言っていました。

 確かにその韓国語通訳者の英語は恐ろしく癖が強く、ちょっとでも集中力を欠くとなにを言っているのかわからなくなります。私の英語もそんなに分かりやすくはないはずなので、気持ちが引き締まります。

 インドやアラブ系の訛りの強い英語は特に分かりづらいのですが、そういう相手には私の英語も分かりにくいようです。ロンドンに帰ったら、もう一度、自分の英語を録音して分析し、対策を講じるつもりです。

 会場への往復にはいつも専用車で送迎があるのですが、韓国語通訳者とは別のクルマになりました。車内でロシア語通訳者は、つい先ほどの記者会見での韓国語通訳者の物まねをしていました。

 ホテルで夕食後、もうひとりのバースの同級生、リンと一緒に歩いていると、本当に通訳者になりたいの、と質問されました。リンは自分の将来に関して迷いがあるようです。もちろん私だってまったく迷いがないわけではありません。

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12/12/2006

空手

 空手の会場に行きました。これは柔道以上に日本の独壇場で、日本勢は今日だけで三つの金メダルを獲得しました。場内での取材インタビューの通訳のみで、正式な記者会見はありませんでしたが、金メダルの会見は通訳していても気持ちのいいものです。

 空手はスピード感も迫力もあり、これまでの競技で一番熱中して見物することができました。とはいえやはり朝11時から夜8時までの試合観戦は楽ではありません。しかも決勝戦の最中にAGNSの取材の打ち合わせのため話しかけてきたので、決勝の瞬間を見ることはできませんでした。

 今日の現場担当者はひどく杓子定規で、通訳が決められた場所に座っていないと気がすまないようでした。まったく出番のなかったアラビア語、韓国語の通訳者はつらかったのではないでしょうか。

 途中、中国のCCTVの記者が中国語の通訳に手伝いを頼んでいました。活躍の場を与えられた彼女は嬉々として席を立ちましたが、あとで現場担当者から紙媒体以外への通訳はしないようにと注意を受けていました。競技場での映像媒体への通訳はしないことになっているそうです。

 体調を崩す通訳者が増えています。そういう私もやや風邪気味です。おまけに一昨日、食事中に思い切り舌を噛んでしまい、そこが腫れてきました。喉や舌を痛めた通訳者は指を傷つけたピアニストのようなものです。

 気がつくと大会の日程もあとわずかです。

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12/11/2006

球と剣

 今日は主にフェンシングの会場にいたのですが、フェンシングでの仕事はなく、金メダルを取ったラグビーチームの記者会見で通訳をしました。

 今までは現場の担当者が記者会見場を使うのを嫌っていたせいもあり、わりあいくだけた取材の通訳しかありませんでした。というわけで今日は初めて記者会見の通訳でした。テレビカメラも回っていましたが、放送するためなのかどうかわかりません。

 とりあえずさまざまな面で力量不足を痛感しました。課題が山積みです。特にいかにわかりやすい英語を話すかというのが、一番の問題です。

 明日もまたむさくるしいメンバーです。中国語だけは男性がひとりしかいないので女性です。もしかすると武道系の競技は男性を当てるようにしているのかもしれません。

 ちなみに明日の担当種目は空手です。どちらかといえば格闘系の競技のほうが見ていて眠くならないので助かります。

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12/10/2006

ボウリング

 カリファ国際競技場が定位置だと思っていたら、今日はボウリング場になりました。ほぼ9時間ずっと他人のボウリングを見ていました。

 ボウリング場の設備は世界中どこでもあまり変わらないようです。自分で競技するならともかく、ただ眺めるだけのボウリングがこれほどつらいものとは思いませんでした。

 どうも私は一番長いシフトに当てられているのではないか、という考えに思い当たりました。周りの通訳者は日によって違うのに、私だけがいつもカリファだったのです。そして今日は、カリファではありませんでしたが、拘束時間は最長でした。

 やはり男で経験の浅いの通訳は体力勝負の場所にまわされるのでしょうか。と、被害妄想に浸っていたところ、明日の勤務は夕方5時から10時半の5時間半でした。

 けれどもチームのメンバーは5人中4人が男で、しかもそのうち3名は50歳代から60歳代です。ちなみに競技はフェンシングとラグビーだそうです。

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12/09/2006

ボディビル

 完全にカリファ国際競技場が定位置になっています。他の通訳者は変わるのに、私だけが連日この会場に詰めています。なぜなのかわかりません。ただ会場に慣れると、駐車場、休憩所、トイレなどの配置に困らずに住むので助かります。

 今日は朝10時から夜の7時までずっとボディビルの会場にいました。全身の筋肉を極限まで発達させ、油まみれの肌を光らせた選手たちは、遠目には人種の見分けすらつきません。

 音楽にあわせてさまざまポーズをとり、筋肉を盛り上げて見せる選手たちの仕草は、決して機敏ではありません。なにを競っているのかよく分からないまま、試合は進行し、順位がつけられ、それぞれの階級のメダルの授与が行われるのです。

 私のわからないところでどんなドラマが繰り広げられているのかわかりませんが、とにかく会場はすごい盛り上がりでした。

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12/08/2006

三つのメダル

 昨日、延期になった男子団体テニスの決勝戦が行われました。今日はじめて、テニスの団体戦というものがどのように行われるのかを知りました。

 試合は、今朝の10時から始まり、夕方の7時ごろまで続きました。途中、雨のため3度の中断がありました。一度、雨が降るとその度にコートの準備をやり直さねばならず、最低30分は試合が途切れることになります。

 今回、我々は報道関係者のための通訳なので、報道陣のために確保された最前列の席で試合を見ることができます。わざわざ試合を見に来ている人の大半は私よりもテニスに関心があるはずなので、なにか申し訳ない気がします。

 それでも冷たい雨の降るなか長時間座って待つのはなかなかつらいことです。一緒にいた女性の韓国語通訳者は風邪をひいてしまったようです。夕方からは疲労も蓄積していたようで、機嫌もずいぶん悪そうでした。

 テニスの試合もほぼ終わりが見え始めたころ、携帯がなりました。ボディビルの選手が銅メダルを取ったので、急遽、通訳に来てほしいというのです。テニスも気になっていましたが、慌てて会場に向かいました。

 ボディビルの取材を聞きながら、ノートをとっている最中、何度も携帯がなりました。ただならぬ気配を感じ、電話に出ると今度はソフトテニスの選手が銅メダルを取ったから来てほしいというのです。とにかくこの現場を済ませたら向かうと答え、通訳に戻りました。

 日本人記者を相手にした取材が続いていましたが、アジア大会の公式記事に必要な内容はもうそろったと思われたので、取材の途中で話を聞くのを切り上げ、AGNSの担当者に訳出を始めようとしたとき、現場の担当者が現れました。テニスの決勝がそろそろ終わるので、テニスコートに戻れというのです。

 その話をしている間にもまた電話が鳴り、ソフトテニスのほうに来て欲しいと要請があります。現場担当者が、ソフトテニスの銅よりもテニスの決勝のほうが重要だ、と言うので、テニスのほうに行くことになりました。

 ボディビルの取材の訳出はテニスコートに向かって歩きながら行いました。かなり長い話だったので、歩きながら要約していったのですが、どこまでうまくいったのかはわかりません。

 ぬかるんだ道路を歩かねばならないため、ひとそろいしか持ってきていない靴が無残な姿になってしまいました。

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12/07/2006

砂漠の雨

 今朝は8時からの勤務でした。7時半の集合に間に合ったのは私と中国語の通訳者だけでした。

 カリファ国際競技場では10時から男子団体テニスの決勝戦が予定されていたのですが、雨のため予定通り試合を始めることはできなそうでした。会場の担当者に聞いてみると、予定通りはじめられない場合、開始時間を1時間ずつ遅らせていくとのことでした。

 韓国語の通訳者とロシア語の通訳者は遅れて到着しました。

 会社を定年退職してフリーで通訳をしているという韓国語の通訳者は、集合時間を間違えていたようです。勤務表が見にくいと文句を言っていました。男子団体テニスの決勝戦は日本対韓国なので、試合後韓国語の通訳も必要なはずです。雨のために自分の遅刻が仕事に影響を及ぼさずにすんだので、幸運の雨だと言っていました。

 ロシア語の通訳者はスーダン出身で、英語、アラビア語を含め3ヶ国語の通訳をするそうです。もともとスーダンの大学で翻訳を教えていたこと、今はサウジアラビアに住んでいること、自分は52歳の短編小説作家で近年2冊の本を出版したことなど、ひどく癖の強い英語で盛んに話すのですが、こちらからの簡単の質問はよく理解できないらしく、的外れな反応が返ってくるのです。

 11時、12時と試合を始めようとする度に雨が降り出し、その都度、試合が先送りになりました。退屈のあまりPCでゲームを始めている記者もいました。

 14時ごろ、試合の開始時間などを書き込むホワイトボードに記者会見の情報が書き込まれました。

 乗馬場で韓国の選手が馬の下敷きになって死んだので、その事故に関しての会見があるということでした。

 韓国の通訳者がにわかに色めきたち、自分が記者会見に行くべきなのかどうかを周りのスタッフに尋ね始めました。一昨日、彼は韓国の乗馬選手全員の取材通訳をしたのです。そのうちのひとりは韓国の財閥の御曹司だということでした。

 もし彼が必要になれば、携帯に連絡が入るという話しになり、彼は私と一緒にテニスコートに行きました。しばらくやんでいた雨がまた降り始め、やはり試合は無理なようでした。

 この数日の雨は1年ぶりで、現地の人の話では、ここ5年間経験したことのない雨ということでした。この雨が降らなければ、乗馬場での事故も起こらなかったかもしれません。

 テニスコートの軒下で雨宿りをしているとロシア語の通訳者が来ました。韓国語の通訳者が興奮した面持ちで乗馬場での事故を語るのですが、なにか昔話かなにかと勘違いしているようで、柔らかな笑顔を浮かべつつ、場違いな冗談ばかり言っています。

 私や周りの者が、もう少し冷静に説明すると、ロシア語通訳は状況を理解したようで、ようやく真剣な表情になり、謝罪の言葉を漏らしました。

 テニスの決勝戦は、結局、明日に順延になりました。

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12/06/2006

保全

 ココログのサーバーがメンテナンス中で、昨日からブログの更新ができません。とりあえず、記事だけ書いておき、あとで更新します。

 今日は2時から10時半の勤務でした。会場はまたカリファ国際競技場です。ここではあまり活躍の機会がないのですが、どうもここの現場担当者に気に入られたらしく、ここが定位置になってきたようです。

 また重量挙げの会場にいるようにとの指示だったのですが、私の勤務時間に日本人選手の出場する試合はありません。スケジュールを調べるとソフトテニスのほうの決勝戦に日本人が出ることがわかったので、担当者に連絡し、こちらに行くことにしました。

 ところがここにはAGNSの日本人記者の方がすでにいました。通訳は不要です。それでも重量挙げに戻っても意味がないので、ソフトテニスのほうで待機し、取材でも記者の方に混じってノートをとっていました。

 メディアセンターに行くと、日本人記者の方が別のライターの方に口頭で取材内容を伝えていました。その様子をうかがっていたのですが、かなり苦戦なさっているようでした。

 てっきりその方が記事をお書きになると思っていたので、私の出る幕ではないと思っていたのですが、口頭で伝えるなら私がやったほうがよかったかもしれません。最終的にはやはり交代しました。

 ところで食事の最中、中国語の通訳者が、ふと漏らしました。国際会議でリレー会議をする場合、日本語の通訳者につくのはみんなが嫌がっているというのです。日本人の英語はわからないというのがその理由だそうです。

 私も思い当たる節は多々あります。この現場でもいろいろな出身国の人のいろいろな英語がありますが、もしかすると自分の英語が一番重症なのかもしれないと思うと、気が重たくなります。

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12/05/2006

柔道

 今日は午後3時半から10時半の予定で、前半と後半で二つの競技場を回る予定でした。前半は乗馬、後半はビリヤード、セパクタクロー、水球の予定でした。午前中はこれらの会場の予定を調べ、日本人選手の出場状況や、競技に関する用語を調べていました。

 ところがバースの先輩である日本語通訳者の方が乗馬に興味があるということで、急遽、役割を交換し、私は柔道の会場に行くことになりました。今度は大慌てで柔道の下調べです。

 柔道の会場は、さすがに日本の報道関係者がたくさん来ていました。日本人選手が通路に出てくると一斉に群がって取材をします。私も一緒になって、その群れに加わり、記者と選手のやりとりをノートに取ります。

 記者の方はそれを自分で記事にするわけですが、私は自分のノートを元にして海外メディアにその内容を通訳するわけです。そのため私のノートは日本語と英語が混じっています。

 試合が終わると当たりは騒然とした雰囲気に包まれ、会場には音楽が流れ始めるので、群れの周縁部に位置してしまうと、選手の話がほとんど聞き取れなくなります。

 取材がひととおりすむと最前列に陣取っていた記者の方を中心に、コメントの内容の確認が行われます。このときに不足した内容を補えるので、うまく取材陣の動きにあわせて動いている限り、内容を取り損ねることはあまりありません。

 私の通訳する相手は主にAGNS(Asian Games News Service)という大会の公式広報機関で、記事はすべてWEB上に掲載されているようです。

 CCTVという中国のNHKようなテレビ局にも通訳しました。相手があまり英語が得意ではなかったので、中国語通訳者と組んで、日本語、英語、中国語とリレーで通訳しました。組んだ通訳者はバースで同期だったリンなので、チームワークは抜群です。

 私の部屋の鍵は見つかりました。一方で、ソフィアのカメラが壊れ、リンのボイスレコーダーが紛失しました。

 明日は午後2時からふたたびカリファ競技場です。テニスと重量挙げとチェスです。下調べは一応すんでいるので、午前中は少し翻訳を進めます。だんだんここの仕事にも慣れてきた感じです。

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12/04/2006

ソフトテニス

 ようやく通訳の機会が訪れました。ソフトテニス混合ダブルスの2チームが準決勝に進出したのです。記者会見ではなく、コートの隣での取材です。観客席の最上段で試合を観戦し、試合の直後に選手の方々が出てくるのを待ち構えてインタビューするという形式でした。

 記者の方々は、観客席の最上段か、会場内のメディアセンターにあるPCで、すぐに記事を書きEメールで送信します。メディアセンターにはその記事を校正する人がいて、英語の表現などを直していました。のぞいてみると、記者の方が私の使った英語をそのまま書いていたようです。

 それでも明日も来てほしいといわれたので、それなりには役に立てたようです。ありがたい話ですが、自分の行き先は自分で決められません。明日は午後から乗馬の会場に行きます。

 あとはまた重量挙げの試合を見物していました。日本の某大手新聞社の取材も来ていましたが、専属の通訳の方がついておられたので、私は必要ありませんでした。

 ホテルに帰ってきて、困ったことに気づきました。部屋の鍵をなくしたのです。フロントの話では合鍵はなく、いちいちマスターキーで開け閉めしてもらわねばならないそうです。鍵をなくすと全体を交換するしかないそうです。

 厄介なことになりました。カリファ競技場のどこかでなくしたと思うのですが、おそらく出てこないでしょう。すぐに鍵を交換できないなら、部屋を代えてもらったほうがよさそうです。

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12/03/2006

重量挙げ

 今朝は5時15分に起きるつもりで、昨晩は早めに床に就いたのですが、時差のせいかなかなか寝付けず、ベッドの上で悶々としていたところ、0時過ぎに携帯にメッセージが入り、明日の予定表ができたのでロビーに取りに来るように指示がありました。

 その時間から通訳の下準備をするつもりもなかったのですが、とりあえずなにか情報があれば気持ちの準備くらいはできるだろうと思い、再び服を着て、ロビーに行きました。

 その場で予定表に眼を通したところ、私の名前が2箇所に書かれています。ひとつが選手村で7:00から16:00の勤務、他方がカリファ国際競技場での15:15から22:30の勤務です。慌てて受付の人に確認したのですが、自分は担当じゃないというそっけない返事で、彼は中国人の女性通訳との楽しい雑談に戻ってしまいました。無理やり担当らしき人の連絡先を聞き、電話をかけたところ、眠たそうな声で、またほかの人にかけるように言われるのです。

 最終的に、担当者を捕まえ確認したところ、ごめん、最初のやつは間違い、勤務は15:15からだから14:45にロビーに集合、とのことでした。

 そのときすでに朝5:45に朝食を食べる約束をしていたので、今朝は5:30に目覚ましを設定し、相手に事情を説明しました。

 その後、7時から8時にかけて何度か電話がかかってきました。どうも選手村のほうの通訳リストに私の名前が入っているそうなのです。

 2箇所での勤務はできないので、カリファ国際競技場のほうに行きました。その時間にその海上で行われている競技のうち、日本人選手の出るものを調べてみたところ、チェスしかありません。時間になるまでチェスのルールや用語を調べました。

 ところが待機するように命じられたのは重量挙げの会場でした。観客席に重量挙げのチームの日本人の方々がおられたので、予定を確認してみたところ、やはり今日は日本人の出番はないとのことでした。

 念のため現場の通訳担当者と話してみたのですが、チェスの試合? 見たければ見てもいいよ、ははははは、とのことでした。チェスのほうは報道関係者も少なく、休み時間などに直接選手と話しているので記者会見は必要ないとのことでした。

 競技場では、出番のあるはずのない重量挙げの試合を見物したり、あとは他の通訳者の方々と一緒にプールサイドでお茶を飲みながら歓談したりしていました。現場の担当者が、通訳の必要なときには電話をするから好きな場所にいてくれてもかまわないというのです。

 重量挙げは中国の選手が優勝する機会が多く、中国語の通訳者だけはときおり仕事の機会がありました。ロシア語、アラビア語、日本語の通訳者は単に待機していただけです。途中、重量挙げ日本選手団の監督らしき人が、日本の柿の種をくれました。

 他には電話の通訳サービスというのがあり、この電話が一度だけなりました。

 現場の通訳担当者は、今日の仕事の終わり際、ごめん、通訳が必要なときもあったんだけど、電話をかけ損ねた、明日からはもっとうまく通訳を使う、と言っていました。彼によると大会の日程が進むにつれ、通訳の仕事も増えてくるとのことですが。

 異様な疲労感はなくなってきました。まだ通訳の仕事はしていないものの、実際の競技場を見て、緊張感が取れたのかもしれません。あとこちらに着てから過食気味だったことに気づいて食事の量を減らしたのもよかったと思います。

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12/02/2006

待機

 今日は通訳の出番があるかと思い、昨日からできるだけの準備をしてきました。昨晩の指示は午後1時から5時まで待機するようにとのことで、自分の部屋にいてもいいということでした。

 1時ごろ、指示の電話がありました。いざ出陣、と思いきや、電話の通訳サービスの担当になったので、6時まで携帯のつながるところにいるようにとのことでした。

 昨晩、急遽もらった資料はたぶん総ページ数100ページ以上に及ぶと思われます。全てに眼を通すことはできませんが、この機会にできるだけ情報を吸収しておこうと思いました。けれども通訳に役立ちそうな情報はほとんどありません。大会の会場の説明や理念、スタッフの心得、ドーハの町の案内、交通機関の説明などがほとんどです。競技の説明もあることはありますが、本当に簡略なものです。

 こんなことでまともな通訳ができるのかと緊張と不安だけが募ります。けれども待てど暮らせど連絡はありません。そこで思い切って気持ちを切り替え、イギリスから持ってきている翻訳の仕事を始めてしまいました。

 結局、出番はないまま一日が過ぎました。電話通訳サービスにも誰もかけてきません。待つのも仕事のうちということでしょうか。

 次の日の予定がどうなるのかもわからないまま、友達の部屋でおしゃべりしていたところ、携帯に連絡がありました。

 明日は朝6時半にホテルを出て、選手村に行き、4時まで勤務だそうです。なにをするのか、と尋ねたのですが、わからないそうです。予定表は明朝配布だそうです。明日の準備はあまりできません。今できることはとにかく早めに寝ることくらいです。

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12/01/2006

 いよいよ明日から通訳の仕事が始まるようです。今日の午後8時半ごろになり、ようやく明日の割り当て表が配られました。この調子で、日々の予定は前日に配られるようです。それからその競技や選手等のリサーチをせねばなりません。

 ビジネス・センターはホテル内にもう一箇所見つかりました。やたらと広い部屋に8台のPCが並んでいます。

 昨日、レバノンから来たアラビア語の通訳者と話していたところ、このあたりは雨など降らないから雨傘なんていらないと言われたのですが、今日は午後から本格的な雨が降りました。

 大会のメディア・センターに行きました。ここはさすがに活気があり、ところせましとPCが並んでいました。その隣のショッピング・モールを少しのぞきましたが、それほど大したことはしていないはずなのに、異常に疲れています。他の人も疲れているようです。慣れない気候のせいでしょうか。

 カタールは暑いと思ってきたのに、案外涼しくて着る服に困ります。長袖はロンドンからの往復しか着ないとつもりで一着しかないのです。

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