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10/28/2006

ずれ

 そもそもそれぞれの文化を規定する共通の基盤をなすような土台が存在しうるのかどうか、あるいはそうした土台が存在するとして、それを保持すべきなのか、破壊すべきなのか。

 こうした話題があるていど知的な大学生の一般教養として通用したのが90年代の前半までだったとして、それ以降は、むしろそうした土台がありえるとしても、あからさまにその熱い中心を取り上げるよりは外堀をめぐりつつ四季の折々を取り上げつつ、感性のあう仲間とのサロンを楽しむのがそれ以降のあり方だったような気がするのは私の周りだけの特殊な事情だったのかどうかはわかりません。

 そういうことの意味のわかる人はなにも言わなくてもわかるし、わからない人には何を言っても通じないのだと思います。あるいは説明すればわかるのかもしれませんが、そんな野暮なことをあえてそれを説明する人はあまりいません。

 テムズ川沿いのパブでバース大学の恩師と夕食会がありました。ロンドンの中心部でありながら自分では見つけられない素敵なパブでおいしいエールを飲みました。

 今まで乗ったことのない地下鉄に乗りつつ、日本から取り寄せたばかりのCDの解説を読んでいました。沖縄返還の数年前、YMO結成以前の坂本龍一が土取利行と作成した作品の解説です。ようやく日本語を話さずに日常生活を送れるようになった我が身に特定の言語を超えた志向のあり方を想起させてもらえるような表現がありました。わずか数ページの文章ですが、今の私には必要な言葉です。

 知識は受身の主体でも摂取できますが、思想は自ら獲得する以外にありません。思想は言語を越えた運動です。

 終電にちかい地下鉄の社内では、やはり日本から取り寄せた小説を読んでいました。日本からヨーロッパへの留学を主軸に据えた小説です。

 日本からヨーロッパへ送る荷物は送料がかなりかさむので、送ってもらうものは本当に必要なものだけです。今回、日本から送ってもらったのは2冊の小説です。すでに修士論文は提出しているので、学問的なものではありません。けれども、両方とも共通の必要性を持った作品です。

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