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07/31/2006

未来の郷愁

 今日は図書館が開いていました。改装中なので、裏口から入りました。ふだんは入館証がないと入れないのですが、今は誰でも入れるようです。

 図書館、1階のフロアは大幅に改装するらしく、コピー機や印刷機も2階に移っていました。撤去したPCは一箇所に集められて整然と並んでいました。

 冷たい雨が降り、Tシャツ一枚だと寒すぎるくらいでした。このまま夏が終わってしまうのかもしれません。去年の9月、ここについたときの気温と似ていました。最近、ときどき空気が一年前と同じ匂いがします。

 ここを離れてしばらくすると、今見る風景も思い出になってしまうのかもしれない。と思って、大学までのバスから見える風景をデジカメの動画に収めました。そのファイルを友達に見せたところ、なにこれ、というような反応が返ってきました。

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07/30/2006

赤い光

 校正を頼んだ原稿が、朝6時前に帰ってきていました。かなりがんばってもらっているようです。執筆が遅れていたのが申し訳ない気持ちです。

 とりあえず気持ちを論文に戻し、夕方まで推敲作業に没頭していました。単純なミスは問題ないのですが、ところどころに英語の意味が通じないところがあって、そういう部分には「わからない!」というコメントがあります。これを直すのがひと苦労です。

 こうなってしまう原因はいろいろあるのですが、なかには自分で読み直してみても、なにが言いたかったのかさっぱり理解できない部分もあります。中盤、なんとか論文の長さを確保することをばかりに意識が向いていた頃は、まるで夏休みの宿題で読書感想文を書かされている小学生のように、自分のそれまで書いた文章の長さばかりが気になっていました。

 論理的に非整合な箇所もあります。通訳理論の論文で言語を扱う関係上、言語学の基礎理論をまったく無視するわけにはいきません。とはいえソシュール、チョムスキーなどはなるだけ避けて通っていくつもりだったのですが、分析に必要な基本用語の定義などの面で、そうも行かない感じです。文献に挙げるほど参考にするわけではなくても、再検討が必要になりそうです。まだ今回は草稿なので、まだこれから手を入れることはできます。

 とりあえず、論文のかたちにはなってきたので、提出しようとひさしぶりに大学に行きました。手持ちのプリンタよりは図書館のプリンタのほうが、早くてきれいなので、図書館に行ったのですが工事中で、裏口に回るようにとの掲示がありました。大学ではオープン・キャンパスをやっており、学生らしくない人がうろうろしていました。

 中学生らしき、男の子が三人、遊んでいました。鉄の檻のようなものにひとりを閉じ込め、ぼくに向かって話しかけてきました。こいつは猿なんだ、と言って笑っていたので、ぼくも同じような笑いを返しました。

 図書館の裏に行ったところ、扉には鍵がかかっていました。友人に電話をかけて確認したところ、日曜は6時で閉館とのことでした。ふだんは24時間体制なのですが。

 ガラス張りの図書館のなかを覗いてみると、1階のPCはすべて撤去されおり、フロアは倒産したブティックのように無残でした。正面の螺旋階段を登り、2階の様子を見てみました。いつもどおりPCは並んでいましたが、人影は見えませんでした。けれどもPCは生きているらしく、マウスの赤色LEDだけが薄暗がりのなかでいくつも光っていました。

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07/29/2006

人間解体

 論文を校正に出したので、とりあえずほっとしました。今、下手に原稿をいじるとあとで校正から戻ってきた原稿との照合が面倒になるので、とりあえず今日は執筆は休みです。消化不良の文献を読んだりしたかったのですが、ちょっと気が抜けてしまいました。

 町をぶらぶらと散歩しました。なにかせねばならないこともなくなり、時間を気にせず歩けたので、町並みの美しさを再認識できました。大通りには観光客があふれかえっていて、まっすぐ歩くのも大変なくらいでした。この町に住むのも、あと2ヶ月もありません。

 HMVに行くと『聴かずに死ねないアルバム1001』という本を売っていました。その本の表紙がKraftwerkの『Man Machine』をアレンジして使っていたので、思わず足が止まりました。よく見るとまったく同じわけではなく、メンバーの立ち位置や顔の方向が少しずつ違うようです。

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07/28/2006

校正

 そろそろまだ草稿を提出していないのは、かなり少数派になりつつあるようです。回りはみんな遊びに余念がないのに、私だけ部屋にこもっています。

 それでもなんとか、内容にはまだまだ納得がいかないものの、草稿を書き上げ、書誌、脚注、目次、図表などの体裁を整えた上で、ネイティブ・チェックをお願いしている人に送りました。

 イギリスで日本人が書いた論文を日本に住むイギリス人に送ってみてもらうというのもおかしな話ですが、成り行きでそうなってしまいました。イギリス人のクラスメートが、これから日本に住むということで、すでに名古屋に行ってしまったのです。

 そんな話をフラットメイトのアナに話していたところ、自分の論文も誰かに見てもらわないといけないといっていました。アナも英語が母国ではないので、やはりチェックは必要なのです。

 クラスの誰かに頼めないの、と訊いたところ、クラスにイギリス人が二人しかおらず、しかもそれほど信頼の置ける文章力ではないとのことでした。修士論文のチェックとなるとネイティブならいいというものではありません。

 それにしてもイギリス人が二人しかいないというのも以外です。アナの専攻は、財政・会計で、コースは90人ほどいるはずなのです。なんでも中国人とギリシア人が多いのだそうです。ここは本当に留学生だらけです。このフラットに遊びに来るのも、日本人、中国人、インド人がほとんどです。

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07/26/2006

延長

 ふと最近、日本語をあまり使っていないことに気づきました。このごろ、論文執筆中ということであまりクラスメートと接触していません。

 通訳、翻訳のコースだけに授業のある間は日本語を使わない日はありませんでした。その点、このコースへの留学は一般とはまったく違うと思います。クラスメートとしか付き合わなければ、日本語を使うことのほうが多くなります。授業も半分は日本語で行われるので、語学留学で日本人同士で集まっている人々以上に日本語使用頻度が高くなると思われます。

 今日も一日、日本語を発声しませんでした。とはいえ、論文は英語で執筆しているものの、英日同時通訳の分析をしているので、頭のなかから日本語がなくなることはありません。通訳、翻訳に取り組んでいる限り、たとえ英語圏に住んだとしても、日本語と距離をおいて暮らすことはできません。

 とはいえ、クラスとの接触がまったくないわけではありません。同じ指導教官のクラスメートが交渉したところ、なんとか論文の草稿の提出は月曜でもかまわないということになったそうです。少し余裕ができました。私も月曜まで粘るかもしれません。ただし提出前に英語のネイティブ・チェックをしてもらう必要があるので、それほど余裕はありません。

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救急車、バックミラーでわかるよう鏡文字です。

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07/25/2006

危機

 豚と野菜には熱湯のなかでゆっくりと泳いでもらうつもりでした。部屋で論文に集中していたところ、イリにドアをノックされました。鍋の水がなくなっているというのです。

 慌ててキッチンに駆けつけました。煮汁がほとんどなくなり、そこのほうが焦げかけているようでした。まだそれほど深刻な状況ではなく味が煮詰まっただけでしたが、先日、アービンが鍋を焦がしたときに大騒ぎをしないでよかったです。さいわい、おすそ分けはすんだあとで、煮詰まったのは自分の分だけでした。

 今週末には論文を出すつもりです。指導教官には先週末と言われていたので一週間遅れることになります。Eメールで詫びは入れておいたのですが、十分な指導は保証できないと言われてしまいました。ブリュッセルに行ったときにも、遅れるという話はしていて、そのときには先生も笑顔だったですが。

 ともかく8月には一切受け付けられないらしいので、なんとしても今週中に提出せねばなりません。となると木曜には完成していなければなりません。つまり明日と明後日でなんとかかたちを整えねばなりません。いちおう最終稿の締め切りは9月末のはずなので、今後も必要な作業は継続できるのですが、いったんなんとかかたちを作る必要があります。

 準備はかなり早くから始めていたので、資料の量は多いのですが、必要なものがすべてそろっているとは限らず、手もとにあるものも使いこなせていません。

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07/24/2006

異臭

 自分の部屋を出ると、フラットの廊下に異臭が立ち込めていました。どうやらゴミ処理の担当者が生ゴミの底にたまった液をこぼしたようです。

 汚水の滴りは、頼りなげな曲線を描きつつ、キッチンのほうから私の部屋の前まで続いており、そこに掌をふたつ並べたくらいの大きさの染みを形作っていました。

 具合の悪いことに、フラットの廊下はカーペットが敷かれており、窓がなく、液体をこぼすとなかなか乾いてくれません。

 またひどく暑い日でした。

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07/23/2006

隠匿

 鍋をひとつ焦がされたくらいのことで大騒ぎするというのは大人げないことです。隣に住むインド人に自分が購入したはずの鍋を無断で使用され、それを再び使用不可能なまでに焦がされること以上に深刻な出来事が、この世の中にはたくさんあるはずです。

 だからといって、焦げついた鍋の件について一言も言わないというのも不自然です。本人を前にし、肩をすくめたり、眉をひそめたりして見せつつ、抗議の意思を示してやらねばなりません。これは鍋を焦がされる以上に億劫な仕事です。アービンのほうから謝意を示してくれれば、事態はまだ楽に進むのですが、問題の鍋がキッチンの一番端のカーテンの後ろに隠されている以上、彼のほうから話を切り出してくる可能性はないと見たほうが賢明でしょう。

 それにしても子供が割れた花瓶を隠す以上に不器用な隠し方にはなにか意味があるのでしょうか。もしかすると自分はこの件に関して責任を果たす気がないという意思表示のつもりかもしれません。私は、案外、仁義を重んじる性質なので、こういう態度は受け入れることができません。

 ここに住むのもあと2ヶ月です。新しい鍋の購入を求めるつもりはありません。ただし金属製のスポンジを入手の上、焦げた鍋を研磨し、現状復帰に努めるくらいの姿勢は示してもらいたいところです。

 論文を進めつつ、どのような態度で抗議するべきか悶々と考えていました。そしてしかるべき戦略を立てた上で、アービンの部屋のドアを叩き、鍋がこげている旨を伝えたところ、現在、化学薬品を使用し、焦げによる汚れを分解しようとしている最中であるとのことでした。どうやら鍋を隠していたのは、薬品を浸潤させている鍋を他の人が使わないようにとの配慮であったようです。

 それならそれでそういって欲しかったという気もしますが、とりあえず責任を果たすための行為をとっていてくれたいうことを知り、心臓がささくれだつようなわだかまりは氷解しました。

 論文のほうは、規定の最低分量は超えたものの、まだまだ記述すべきことが多く残っています。とりあえず分量の問題はなくなったので、これからは質を高める方向で作業を進めていきます。

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07/22/2006

辛味

 日中、友達が部屋に遊びに来たほかは論文に取り組んでいました。やや集中力が途切れてきて、執筆速度が落ちてきた気がします。

 少し暑さは和らいできたものの、昼間は日光を遮るためカーテンをしっかりと閉ざしています。

 夜、空腹を感じたものの料理らしい料理もする気が起きず、こういう場合に備えて買いためてある缶詰のスープをパスタにかけて夕食にすることにしました。

 キッチンに行くとアービンが友達二人を連れ込んでおり、インド人の男が三人集まってカレーを作っています。このメンバー、毎日のようにうちのフラットに着ており、もうすっかり顔なじみです。

 パスタを茹でるための湯を沸かしていたところ、カレーが出来上がったようで、私も勧められました。ライスを一緒に煮込むタイプのカレーで、インド料理専門のレストランでも見たことのないタイプです。珍しいので、もらうことにしました。

 たいていの場合、アービンの作るカレーはおいしいのです。さすがはインド人です。今日のカレーもおいしかったです。ただ私にはやや辛すぎるのです。でも、トマトとたまねぎのみじん切りを加えたヨーグルトをかけると辛さが和らぎます。

 ようやく小さな皿を平らげたところに、もう一杯勧められ、空腹感に負けて頂いてしまいました。

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07/21/2006

清掃と投函

 午前中、どうしても部屋の掃除をしたくなり、目立つところだけ片付けました。旅行などであまり部屋の掃除をする余裕がなかったのですが、ずっと部屋にいるといろいろなことが気になってくるのです。

 午後は、本日中に投函せねばならない郵便物ができて、郵便局に行きました。日本にいるときは、各種封筒、切手類などは常に手元に用意していたのですが、こちらでは郵便を使う機会が少ないこともあり、切手の買い置きは一切なく、封書一通出すだけで郵便局まで行かねばなりません。郵便物の値段もよく知らず、言われる値段を払っているだけです。とりあえず今日は32ペンスでした。

 それ以外はまた論文に没頭していました。まだまだ完成には程遠いのですが、このままの調子で書き続けると、規定枚数の範囲で書くべきことを書き切れなそうな気がしてきました。対策を考えつつ、書けるところから書いていきます。

 コースの様子を聞いている限りでは、そろそろ提出の人が多いようです。最近、コースの人たちとの連絡が薄くなっているので詳細はわかりませんが、今日あたり、提出した人も何人かいるのではないでしょうか。私はかなり遅れているほうですが、そろそろ第一稿を提出しなければ指導が受けられなくなりそうです。論文が受け入れられないと修士号がもらえません。

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エッサウィラの要塞の窓から見えたカモメ

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07/20/2006

蟄居

 ひねもす論文書きです。

 誰とも口を利かず、ひとりで部屋に篭り、キーボードを叩くことが楽しく感じられてきました。

 ようやく論文に専念できるようになり、いやおうなく集中力も高まっているのですが、作業はかどっているとはいうものの、ゴールはまだまだ遠く、危機感は募るばかりです。

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マラケシュで泊まったホテルです。

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07/19/2006

熱のうねり

 昨晩はまた寮の部屋からインターネットにアクセスできなくなり、不便な思いをしました。とはいえ、特に急ぎの調べ物や送らねばならないEメールがあったわけでもなく、せいぜいこのブログの更新ができなかったくらいのものです。それでも毎日、読んでいただいている読者の方にはご迷惑をおかけしたかもしれません。

 昨日は、ブリストルで買ってきた大根を使っておでんを作りました。練り物もブリストルで買いました。日本のおでんに入れるようなものではありませんが、似たような感じに出来上がりました。問題なのは大型の鍋がないことです。鍋があふれるくらい作ったのに、5人で食べたら全然足りません。

 ゆで卵を入れるのを忘れていましたが、たとえ思い出していたとしても鍋の容量に余裕がありませんでした。それでもフラットメイトのうち2名が今日からまた旅行に出かけたので、タイミングとしてはよかったようです。

 今日は、また一日中、フラットにこもっていました。今年の夏、イギリス全土が熱波に襲われており、記録的な暑さになっています。テレビでも、この暑さは老人や幼児には危険なので気をつけるようになどといってしますが、なによりもこの国は冷房設備が充実していないのが一番こたえます。

 大学の図書館に行けば冷房はあるのですが、資料がぜんぶ自室にあるので、自分の部屋で汗だくになりながら論文を書いています。天気予報では、明日あたりから涼しくなるようなことを言っていますが、信用してもいいのでしょうか。ブリストルでは烏龍茶も買ってきたので、それを冷蔵庫で冷やして飲んでいます。

 予想通り、英語で目的と論理を備えた文章を書くのは楽しくなってきました。問題は多々ありますが、一番困るのは時間がやたらとかかることです。なんとか執筆速度を上げていかないとまずいことになります。

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(マラケシュで泊まったホテル。1泊500円くらい)

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07/17/2006

亜細亜の食べ物

 スーツを着なくても、焦げつくように暑い日でした。朝から、炎天下のなか通訳をせねばならない局面があり、集中力を保つのに苦労しました。日陰に入ったとき、夏の日差しを反射するノートの白さが網膜に焼きついたような気がしました。

 先日の失態を挽回できたかはともかく、今回は最善を尽くせたように思えます。全体的に、日本語の訳出が早口すぎたのではないかなど、反省点は多々あるものの、うまくいっている場面は、我ながら成長ぶりを実感できるできばえでした。

 今日の通訳のよかった点は、まずお客様の要望を察知し、相手先に伝え、潜在的な要望をかなえることができたこと、お客様自身もある程度英語ができるので、訳出不要な部分は可能な限り省略しつつ、やりとりの自然さを保てたこと、通訳不要の時間を作り出し、私自身が昼食をとれたことです。

 けれども通訳にしてはやや目立ちすぎているような気がします。コミュニケーターとしての技術を向上させる一方で、もう少し黒子に徹することができることが理想です。それでも終わったあとはなんともいない充実感が残っていました。

 ブリストルに日本の食材を扱っている中華の食材店があるという噂を聞いていました。今まで一度も訪れる機会がなかったのですが、今日、初めてその店にいってきました。日本の食材はそれほど多いわけではありませんが、米、味噌、醤油などはありました。

 豆腐と納豆があったので購入しました。さらに大根を見つけたのでこれも買ってきました。夏ですがおでんでも作ってフラットメイトに食べさせようかと思います。

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07/16/2006

意外な難問

 今日は一日中、フラットにこもりきりでした。論文も少しは進みましたが、目標からはまだまだ程遠い感じです。いいわけめいていますが、明日はまた通訳の仕事があるので論文に集中できません。でも、そのあとは遊びの予定も仕事の予定もほとんどなく、いよいよ論文以外の用事は当分なにもなくなるはずなので、専念できるはずです。

 昨日、お客さんに暑いからスーツは着なくてもいいですよ、と言っていただいたので、明日は普段着で行きます。クールビズというのが、今年の日本でどうなっているのか知りませんが、私は正統なクールビズ・スタイルの服を持っていません。もともと半そでのワイシャツというやつがあまり好きじゃないので、高校生のとき以来、そういうものには袖を通していません。なんとか手持ちの服のなかでカジュアルながらも失礼にならなそうなものを見繕っていきます。

 ところで明日はひとつ目標があります。それは昼食の時間をとることです。昨日は、午前中だけの予定だったということもあり、昼食時間が組まれていませんでした。けれども昼食時を過ぎてしまい、それは訪問先では予定済みのことだったのかもしれませんが、食事をしながらお話が続くことになってしまいました。

 食事は私の分も用意していただけましたが、けっこう入り組んだ話が続くのでとてもメモなしで通訳することはできず、うまく食事を取ることができませんでした。遅刻した罪悪感もあり、食事どころではなかったということもあります。

 こういう場合、どうやって食事をとるのか。バースに来る前も通訳の勉強、仕事はしていましたが、このことはどこでも教わらなかったように思えます。 とはいえ、この先、同様の仕事を請けた場合、常に食事抜きというわけにもいかないので、なんとかして食事の時間を取れる工夫をせねばなりません。通訳の内容を高めることは言うまでもないことですが、話の流れのなかでうまく交渉し、昼食をとることが、とりあえずは明日の課題です。

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(写真はサハラの駱駝)

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07/15/2006

誰も知らない小さな駅

 お客様との待ち合わせは、ブリストルの隣のベッドフォード・ミンスターという駅でした。

 あらかじめインターネットで確認したところ、鉄道の駅であるにもかかわらず、バースからブリストルまで列車に乗ったあとはバスに乗り換え、最寄のバス停から歩くようにとの指示が出てきました。ローカル線は1時間に1本も運行していないことが多く、一駅くらいなら鉄路を使わないほうがむしろはやいのです。

 今朝、ブリストルの駅に行ったところ、どこからバスに乗るべきなのかわからず、バス停近くの売店の中年女性に聞いてみました。ベッドフォード・ミンスターにいくバスはここからは出ないので、まず町の中心部までのバスに乗り、そこから別のバスに乗り換えるようにといわれました。そんなことをしていては遅刻です。

 空港行きのバス近くでたむろしていた警備員に聞いてみました。空港行きのバスに乗ればよいとのことでしたが、あいにく空港行きのバスは発車した直後でした。次のバスは約10分後に来ました。乗車の際にも運転手に確認のうえ乗り込みました。運転手は、出発まであと10分ここで待つ、と言いました。30分くらいは余裕を持って待ち合わせ場所に着く予定だったのですが、ぎりぎりになってしまいそうです。

 タクシーに乗ったほうがいいかどうか迷いましたが、なんとか間に合いそうに思えたので、そのままそのバスに乗っていました。

 途中、ベッドフォード・ミンスターという名前の入ったバス停が見えました。もう一度運転手に聞いてみると、ここは駅じゃないとのことでした。

 さらに二、三分、バスに乗り、ようやく駅に着きました。約束時間の3分前でした。ところがお客さまらしき人影はありません。ホームにも誰もいません。念のため、駅名を確認すると別の名前が書いてありました。掲示板の時刻表を見ると、ベッドフォード・ミンスターは隣の駅です。

 とても小さな無人駅です。タクシーのつかまるような駅ではなく、電車もきません。人に聞こうにも歩いている人すらいません。おそらく距離的には数百メートルしか離れていないのですが、すでに約束の時間を過ぎています。

 とりあえずエージェントに電話をすることにしました。ところが土曜のためか、誰も出てくれません。非常時のため、お客様の携帯電話の番号をうかがっていたので、こちらにかけてみたのですが、これもつながりません。公衆電話も使えず、まったく連絡のとりようがありません。

 思い切ってヒッチハイクを試みることにしました。交差点のところで止まったクルマのウィンドーを叩き、思いつく限り丁寧な表現で駅までいってくれるように頼みました。「そっちには行かない」「そんなところ知らない」と断られた末、ようやく親切な人に当たりました。

「駅ならすぐそこだけど」そういって、連れて行ってもらったのは、また例の隣の駅です。ここではなく、ベッドフォード・ミンスターに行きたいのだ、ということを説明しても、ここがベッドフォード・ミンスターで、この辺で駅はここだけだ、という答えです。また別のクルマを止めました。やはりそんな駅は知らないとの答えでした。

 ヒッチハイクをあきらめ、地図を見て走ることにしました。そのうちその方向に向かいそうなバスが来たので、手を振りましたが、運転手は目が合っているのに、首を横にふり、止まってくれません。仕方がなく走り続けるとバス停があり、そこで私がたどり着くのを待っていてくれました。

 運転手に尋ねると、またそんな場所は知らないと言われましたが、乗客の老女が最寄のバス停を知っており、そのバスで行ける旨を教えてくれました。

 ようやく目的の駅に着いたのは、約束時間の30分後です。そしてそこにはすでに誰もいませんでした。おそらく通訳なしで訪問先の農園に出向いてしまったのです。

 訪問先はそこから300メートルの場所にあるはずでした。なんとかその場所を見つけ出し、お客様に会えたのは待ち合わせ時間から40分後でした。炎天下、スーツ姿で、約40分間、ひたすら走り続けたのです。

 視察は始まったばかりのようでした。お客様は某地方自治体の研究機関の方々で、みなさん日常会話くらいなら自分で英語を話せる方ばかりでした。いざとなれば通訳なしでも仕事はできたのかもしれません。汗だくのまま、息も絶え絶えの通訳が始まりました。

 とはいえ、やはり通訳なしで込み入った話をするのは厳しかったらしく、私が到着してほっとしてもらえたようで、なんとか仕事はさせてもらえました。

 次は月曜に同じお客様のための通訳があります。今回の失敗を挽回するため、せいぜい準備をして望みたいところです。

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(写真はブリュッセルのゴミ捨て場)

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07/14/2006

スーツ

 大学院のコースリーダーの先生からメールが来て、来週末までに修士論文の第一稿を提出するようにとのことです。今の進行状況では絶対に無理です。

 バース大学通訳翻訳修士課程の論文提出は、今年から大きく制度が変わりました。去年までは、コース修了後、約2年の猶予期間があったのですが、今年からはその年の9月末までに提出せねばなりません。

  期間が2年あったところで、卒業後はすぐに仕事に就くわけで、おそらく論文を2年間かけて書くことはないと思うのですが、それにしても6月の上旬まで授業や試験に追われていて、9月末までに論文の提出をするというのはかなりの苦しさです。

 とはいうものの、その点を見越して、5月末までに第一稿を提出するようにという話もあったので、その時点から早くも一ヶ月半が過ぎています。さすがにそろそろなにかを形にしないわけにはいきません。指導、採点の立場の先生方も、今の時期は、一昨年の卒業生の方々の論文提出が重なり大変なようです。

 私の場合、特に論文作成が遅れており、来週は修羅場になりそうな気配です。  そんななか、明日は朝からブリストルで通訳の仕事が入っています。準備資料も半端な量ではなく、論文どころではありません。

 明日はまたスーツです。スーツは、夏物と冬物をそれぞれ一着ずつ用意しておいたのですが、ときどき着用の機会があります。男性の場合、ちょっとした機会ならスーツさえ着ておけばどこにでも顔を出せるので楽です。ネクタイはいちおう10本くらい持ってきたのですが、もう少し欲しかった気もします。環境が変わったせいか、心境が変わったせいか、なかには一度も締めていないものもあるのですが。

 今日の写真は、ブリュッセルのグラン・プラスです。

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07/13/2006

EUの通訳

 昨晩1時ごろ、ブリュッセルから戻りました。やはり電車の旅は飛行機よりも手軽で楽です。ユーロスターの車内販売は、ユーロもポンドも使用可能でした。

 欧州委員会では、会議室や通訳機材の見学だけでなく、実際に会議を行っている最中の通訳ブースにも入ることができました。会議室も大きなものから小さなものまでいくつか見せていただきました。どの部屋も議場を取り囲むかたちで通訳ブースがふんだんに設置されていました。そのうちいくつかのブースでは通訳者が稼動中だったのですが、空いているブースを開放していただいたので、我々も英日の通訳を練習してみることができました。

 将来、私自身が通訳者としてどの程度の仕事ができるのかまだわかりませんが、EUの機関で働く通訳者の仕事ぶりを自分の目で見て、会議の内容を通訳してみるというのは、かけがえのない体験でした。途中、某国の代表者が、あまりにも早口で話すので、ブースから出てきた通訳者が苦情を呈するという場面にも遭遇しました。

 わずか二日間の訪問でしたが、ヨーロッパの大学院で通訳の勉強をすることを決めたことは間違いではなかったと思えました。

 ブリュッセルはそれほど大きな町ではなく、わずか3泊の滞在でも、いろいろなものを食べたり飲んだりできました。自然発酵のベルギー・ビールも飲みました。極めて酸味が強く、一杯飲み干すのに大変な苦労をしました。

 暴飲暴食が祟ったのか、今朝から風邪気味で体の節々が痛みます。

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07/08/2006

融合の町

 今日はなんとかランドリーに行く以外はほとんど部屋を出ずに過ごすことができました。けれどもなかなか論文が思うようにはかどりません。

 実は明日からブリュッセルに行きます。大学院のコースの一環で、欧州委員会の見学が目的です。向こうで通訳ブースを使って訓練もできるようです。けれどもまだブリュッセルのことも欧州委員会のこともあまり調べられていません。すべてが消化不良気味に感じられます。

 今度は、ロンドンからユーロスターに乗り、ドーバー海峡の海底を通り、欧州大陸に渡ります。これも一度経験したかったルートです。次から次へと夢がかなっていきます。せっかくなのでパリにでも寄ってきたかったのですが、スケジュールの関係上、断念しました。少なくとも自然発酵のベルギービールだけは飲んでくるつもりです。

 今日はスペイン、マラガの写真を載せておきます。狂騒のモロッコは楽しかったのですが、スペインに来て、ナイフとフォークを出されたときには、やっと素手で食事をせずにすむようになったことに安堵感を覚えました。

 建物はもともとアラブ系の建築をキリスト教の教会に改築したものなど、文明の奇妙な融合ぶりが不思議でした。

 マラガはピカソの生誕地ですが、ピカソ美術館にはそれほどの大作はありませんでした。とはいえ中庭の美しい方形の建物は、思わず方向感覚を失ってしまいそうな魅力がありました。

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07/07/2006

海辺の町

 モロッコ滞在中にイギリスのエージェントから携帯に連絡が入り、通訳の仕事をさせてもらえることになりました。たった二日間の仕事で、場所もすぐ近くのブリストルだったので、引き受けさせてもらうことにしました。

 ここ数日、その仕事に関連する資料を次々と頂いています。すでに総計300ページを超えています。ちょっと専門的な内容になりそうで心配です。ますます忙しくなってきました。明日、モロッコで知り合った仲間の誕生日パーティーがロンドンであるのですが、私は欠席です。忙しいからという理由で付き合いを断るのは好きではないのですが。

 モロッコでの知り合いができたのは、主にエッサウィラという町です。先にモロッコ入りしていた友人たちが現地で知り合いを作り、そのモロッコ人がエッサウィラに別荘を持っていたのです。そこにさまざまな国籍の者が集まり、一度にお世話になりました。

 別荘に泊まったのは最大時で15名ほどになったと思います。シャワーがひとつしかなく、特に朝は大変でした。

 エッサウィラでは、たまたま音楽祭が開催されていました。浜辺沿いにいくつかの野外ステージが並び、モロッコの音楽だけでなく、さまざまな音楽が演奏されていました。思いがけずパット・メセニーの演奏も聴くことができました。

 エッサウィラには魚市場があり、そこで買った魚を隣接する食堂に持ち込むと、調理してくれました。

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07/04/2006

迷路の町

 モロッコ、スペインの話を書きたいのですが、今、最も重点を置かねばならないのは修士論文なので、思うにまかせません。

 今日は、一日中部屋にこもっていました。とても暑い日でした。もちろんモロッコやスペインも暑かったのですが、もともと暑い国だけに暑さの対策には抜かりなく、建物のなかは涼しいのです。モロッコの石造りの建物は、冷房がなくても案外快適でした。それと比べれば、イギリスの暑さはとても厳しく感じられます。午後、雨が降って、少しだけ涼しくなりました。

 夜は、キッチンにフラットメイトとその友人たちが集まってサッカーを観戦していました。私はサッカーには興味がなかったのですが、夕食の準備をしに行くとオーブン料理の最中で、キッチンは異常な暑さでした。

 とりあえず最初に滞在したタンジールの写真を載せておきます。タンジールでは、迷路のような町並みのなかでポール・ボウルズの家も見つけることができました。

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07/03/2006

砂丘の影

 モロッコ、スペインの旅から戻りました。地中海を挟んだふたつの大陸は、とても興味深い相違点と共通と点を備えており、今回、両方の土地を連続して訪問したことは旅程の組み方としてまったく正しいものだったと感じられました。

 さまざまな場所でさまざまな人に会い、さまざまなものを見てきました。なかでも最も強烈な体験はサハラ砂漠の訪問でした。

 喧騒の町、マラケシュから10人ほどの観光客とともにバンに乗り込み、砂漠に向かいました。アトラス山脈に向かうにつれ、赤茶けた大地が奇妙な地形をあらわしてきました。

 途中、オアシスやカスバなどを見学しながら、サハラには2日がかりで到達しました。初日は天気もよかったのですが、2日目はアトラスを越え、サハラに近づくにつれ風が強まり、途中から砂嵐で視界が利かなくなってきました。

 砂の中はクルマで走れないので、ラクダで移動することになっていました。けれどもラクダの待っている場所に行くまでにすでに舗装された道はなくなり、砂と岩の交じり合った大地をクルマで走りました。直前に通行したクルマの轍を踏んでいけば、なんとかタイヤを砂に取られることなく進んでいけるようでした。とはいえ、たまにすれ違う車は4WDが多いようで、観光客用のバンなど私たちのクルマくらいしか見かけないように思えました。

 エアコンはついておらず、窓を開け放して走っていました。あまりにも砂嵐がひどくなってきたため、運転手が窓を半分閉めました。それでもサングラスをしていても砂が目のなかに入ってきました。砂の目は意外なほど細かく、肌理の細かい粉薬のようでした。

 突如、クルマが止まりました。どうやら砂の吹き溜まりにタイヤを取られてしまったようです。観光客の一人が、面白がって奇声を発しました。運転手は、何度かギアを切り替え、クルマを前後に動かそうとしていましたが、事態はますます悪化していくようでした。

 乗客全員でクルマを押そうということになりました。女性の乗客が見守るなか、男性全員でクルマを押しました。運転手はモロッコ人で、クルマを押していた乗客は、イギリス人、アメリカ人、フランス人、スペイン人、ロシア人、そして私が日本人でした。クルマを押すと、少しだけ前進しましたが、砂の吹き溜まりから脱出することはできなそうでした。

 なすすべもなく全員が砂嵐のなかで立ちすくんでいました。私はその様子を写真に収めようとしていたのですが、2回ほどシャッターを切った時点でカメラが動かなくなりました。

 しばらくすると4WDのクルマが通りかかりました。そのクルマに牽引してもらい、さらにまた全員でクルマを押し、ようやく吹き溜まりから脱出することができました。クルマに乗ってからもカメラの様子をうかがいました。電源をいれても起動できません。カメラを耳に近づけると本体のなかでじゃりついた音がしていました。

 まもなくラクダの待つ場所に到着し、そこからはラクダに乗って砂丘を移動しました。テレビや映画では何度も見たはずの場所が圧倒的な実在感で迫っていました。いつの間にか砂嵐はやんでいました。何度もカメラの電源を入れようと試みました。何回かに一度、気まぐれに電源が入るのですが、シャッターを切ろうとすると電源が切れたり、そうでなくてもピントが合わなかったりしました。そうしてそのうち、液晶のディスプレイにはなにも映らなくなりました。

 電気も水道もないベルベル人のテントに到着しました。そこがその夜の宿でした。プロパンガスにつけたランプだけが夜の闇を追い払う手立てでした。クスクスの夕食をとっているとベルベル人が飼っているらしい猫が寄ってきました。

 食事のあと、ベルベル人がウィスキーを振舞ってくれるといいました。出される前から、それがアルコール飲料でなくミントティーであることはわかっていました。

 砂の上に直に敷かれた絨毯の上に仰向けになると、穴だらけの暗幕を明かりのほうにかざしたかのような星空が広がっていました。じっとその様子を眺めているといくつかの流れ星が見えました。そのうちのひとつはとても大きく、何人かの観光客が同時に嘆声を漏らしました。

 そっとベルベル人のテントを離れ、一人で砂漠を歩いてみました。プロパンガスのランプの光がテントのあたりからあたりの空間いっぱいに広がっているのが見えました。ふと砂丘の山腹に目をやると、見たことのないほど巨大な人影が砂丘の斜面全体に映っていました。ジンと呼ばれるアラブの魔人の伝説を思い出しました。

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