« May 2005 | Main | July 2005 »

06/30/2005

また失敗

 バース大学の大学院の授業の開始は103日ですが、それに先立ち926日から留学生のためのオリエンテーションがあります。

 さらに私の入学予定の通訳・翻訳のコースは、912日からの英語準備コースが必修となっています。

 大学院の合格通知をいただいたのが4月初旬で、その直後に10月からの学生寮の申し込みをしました。9月の準備コースの寮は、別に申し込みをせねばならないそうです。正直、面倒に感じましたが、大学側としては、9月はまだ今年卒業予定の学生もキャンパスに残っているし、調整が複雑なのかもしれません。

 準備コースの寮は526日に申し込んだはずです。それなのに、なぜか昨日、まだ申し込みがすんでいないとのメールが届きました。

大学院の出願以来、バース大学とのやりとりは、メールも書類もすべて残してあります。寮の申し込みも、ファイルにコピーが残っています。わけがわかりません。5月のメールを読み直して、自分のやったことを反省してみました。

 どうやら提出先を間違えたようです。前回の書類は、メールの末尾にアドレスが記載されていた学生寮の担当者に提出したのですが、本当はイングリッシュ・ランゲージ・センターという事務所に送らねばならなかったのです。

 同じ大学内なのですから、書類を回してもらえそうな感じもするのですが、そうはいかないのですね。でも確認の連絡をいただけるだけでもありがたいことです。もう一度書類を作成し、郵送しました。

 入学選考のときの連絡メール破棄に続き、2度目のミスです。気をつけないと。

Continue reading "また失敗"

| | Comments (12) | TrackBack (0)

06/29/2005

ゴッホ飴

 ゴッホ展に行ってきました。ゴッホは特に好きなわけではないのですが、近くに用事があったので、ついでに寄ってきました。

 今回の展覧会はゴッホが主役ですが、ゴッホの美術史上の位置と影響関係に焦点を当てるのが意図だったようで、ゴッホ以外の作品も多く展示されていました。おかげでゴッホがいかにしてゴッホとなったのかが少しわかったような気がします。

 ゴッホといえば、売れる前に死んでしまった画家、あるいは売るために死ぬのを待たれていた画家として知られていますが、本人は、後期印象派と分類されるあの独特なスタイルにたどり着くまでは、必死になって他の画家のスタイルを模倣していたようです。

ゴッホの習作と影響を受けたはずの作品を並べて見ると、その生真面目な模倣の露骨さに気の毒な感じがしてくるほどです。思うに、私があまりゴッホを好きに慣れなかった理由は、芸術に呪われた凡人がいたずらに不幸に甘んじている様が重苦しかったからかもしれません。

 紙一重の狂気が天才と見分けがつかなくなってしまう確率は、高いものではないはずですが、数少ない際立った例がゴッホだったのかとは思います。

 ゴッホといえば、ひまわり、自画像と並んで、なんといっても燃え上がるような糸杉の屹立するコバルト・ブルーの夜空ですよね。あの夜の色を見つけた瞬間に、貧しく生真面目な模倣画家はゴッホとなったのだと思います。あのコバルトの夜は、好き嫌いの感性を超えて、余人にはかなわなかった地点への到達を示していると思います。

 会場の出口のところでは、例のごとく、カタログ、ポスター、絵葉書、Tシャツ、メモ帳などが売られていました。今回、目を引いたのは、展覧会のために用意されたお菓子を売っていたこと。ゴッホ・クッキー。ゴッホ・マドレーヌ。ゴッホ・キャンディー。

 キャンディーは金太郎飴でした。ゴッホの似顔絵が雨になっているのかと思いきや、アルファベットのGのタイプとひまわりの花の2種類でした。

Continue reading "ゴッホ飴"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/28/2005

スナフキン

 留学先にどのていど荷物を持っていくか。そろそろ考えなくてはなりません。自宅には、自分の好きな本やCDを大量に集めて暮らしていますが、もちろんそんなものを運ぶつもりは毛頭ありません。

 一年くらいのことなので、できるだけ荷物は少なくしたいところです。かといって向こうで余計は出費をするのは避けたいので、持っていったほうが安いものは持っていきます。たとえば向こうでちょっとした仕事をする機会があれば、スーツを着なくてはならないかもしれません。スーツは、念のため、冬物、合い物、あわせて二、三着くらいは持っていこうかと思っています。この機会に本場の英国スーツを仕立てるのも悪くないかもしれませんが。

 こういうとき、いつも思うのが、スナフキンの贅沢ということです。

放浪の人生を送るスナフキンは、いつでも移動できるように最小限の荷物しか持っていないはずです。無用のこだわりを捨てるということが、自由に生きるための条件なのです。けれどもスナフキンが決して捨てないものがあります。それは楽器です。

スナフキンの楽器といえば、原作ではハーモニカだったはずですが、幼いころ見たアニメの記憶ではギターの印象が強いです。最近のコミックでは横笛を吹いていたり、アコーディオンを弾いていたりすることもあるそうです。

ものすごい力持ちでない限り、スナフキンがすべての楽器を持ち歩いているということは考えにくいので、旅の気まぐれで楽器を変えているのでしょう。いずれにしてもたくさんの楽器を弾けるのです。

なによりも私が感心するのは、切り詰めた生活のなかに常に音楽のための要素を残していることです。ハーモニカならともかく、ギターを持ち歩く登山者はなかなかいないと思います。

理想的だとは思いますが、なかなか真似のできない生き方です。でもジプシーというのはそういう人々ですよね。

Continue reading "スナフキン"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/23/2005

アムステルダム?

バース大学の渡航前説明会に行ってきました。個別説明だったので、大学の留学生担当部署から来た男性と

11で談笑してきました。

時間枠はひとり30分だったので、事務的に話を進めるものと思いきや、今までしてきた仕事の話とかバースを選んだ理由など、この段階では雑談としかならないことから話が始まりました。なにをいまさら、と思わなくもなかったのですが、今思えば、どのていど英語を話せるのか試されていたのかも。今回の説明は、通訳・翻訳の大学院だけでなく、来年、他専攻の学部に入学を考えている人も対象となっているのです。

今日の説明会の一番の収穫は、航空券のことでした。 

バースの町は、ロンドンから電車で2時間くらいの場所にあります。今まで、当然、航空券はロンドンまで買うものと思い込んでいました。ところが実はブリストルのほうが断然近いのです。しかもブリストルの空港のほうが小さいので、入国手続き等もすんなり済ませられるとのことです。

ブリストルへは、アムステルダム、ブリュッセル、ダブリン、パリから乗り入れ可能とのこと。スケジュールの組み方次第では、渡英前の数日を使ってそれらの都市を観光してもいいかもしれません。

どれも魅力的な都市ですねえ。今、一番興味があるのは、アムステルダムです。オランダに好きな画家がいるのです。彼が住んでいるのはユトレヒトなのですが。具体的なことはこれから料金や日程等を調べて検討したいと思います。 

私のコースに今年入学するのは、18名とのことです。例年は16名までに抑えるそうですが、今年は多めにとったそうです。志願者が増えているのかもしれません。生徒の国籍に関しては、大半は日本人とのことです。日本語と英語の通訳・翻訳コースなので、これは当たり前ですね。

説明会も終わったし、いよいよ渡航準備を本格化していきたいと思います。これからしておくべきことがいろいろありそうです。明日はビザの申請書を郵送する予定です。

Continue reading "アムステルダム?"

| | Comments (4) | TrackBack (1)

06/21/2005

ビザ値上げ

 英国留学のビザ申請料金が200571日より改定されます。それに伴い、留学生用ビザの申請料金も現行36ポンドから85ポンドに値上げされます。英国大使館の提示している現在の為替レートは1ポンド200円なので、7,200円から17,000円に約10,000円の値上げです。英国査証部のHPを見るとこの決定は68日に告知された模様です。

 ビザの申請は、渡英の3ヶ月前より可能で、渡英予定は9月上旬から中旬の予定であるため、私はまだビザの申請をしていません。申請に必要な写真すらまだ撮っていません。今日、この情報を見つけ驚きました。そろそろ申請しないと無駄な出費をしてしまうことになります。あぶないところでした。

 留学の手続きって、いろいろ面倒ですよね。お金を出せば代行してくれる会社があるみたいですけれど、できることは極力自分でやったほうが勉強にもなります。その分、リスクは自分で負うことになるので、情報収集には力を入れないと。

 今秋イギリスへ留学予定で、まだビザの申請をしていない人は急いで準備しましょう。ワーキングホリデーなどでのビザ申請も値上げになるようです。詳細は、イギリス大使館ニュースのページで確認してください。

Continue reading "ビザ値上げ"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/20/2005

私☆変身

22  学生時代からの盟友、斎藤広達氏の新刊『私☆変身 もっと素敵なあなたになれる18のメッセージ』(ゴマブックス)が、いよいよ発売になりました!

 現在、気鋭の経営コンサルタントとして活躍中の斎藤広達氏は、大学卒業後、外資系石油会社に就職し、またたくまにトップ営業マンに。シカゴ大でMBA取得後は、ボストン・コンサルティング・グループ、シティバンク、ローランドベルガーでビジネスマンとしてのキャリアを高めつつ、ビジネス書を中心とした多くの著書を執筆してきました。

つきあいが長いだけに本当に気の置けない友達なのですが、なによりも彼の尊敬できる点は、圧倒的な自己実現能力の高さです。正直言って彼は天才肌ではありません。けれども現状との妥協を拒み、常に高みを目指し、成長への努力を惜しまないその姿勢には今でも刺激を受けています。

 本業のコンサルタントとしての彼の得意分野は、企業再生です。今回の新刊は、MBA的手法に裏づけられた企業再生の考え方を自己実現に応用するための啓発書です。一見したところポップで手軽な本で文章も平易ですが、内容は理論と経験に基づいた具体的戦略が凝縮されています。

 今の自分から脱出したいけれど、どうすればいいのかわからない。努力はしているつもりだけど、正しい方向に向かっているのかどうかの確信がつかみづらい。そんな思いをしている人には、男女を問わず、手にとって見てほしい一冊です。

 特にあるていど会社の仕組みも理解できるようになって来た20代後半から30代くらいの働く女性に読んでもらえれば、共感できるところも多いのでは? 経営学を学んでいる学生さんにもお勧めです。

Continue reading "私☆変身"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/16/2005

しがない私?

 パパさん1年目の、しがないサラリーマンです。

これはココログのプロフィール登録ページの1行紹介の例文です。「しがない」という言葉は、あたかも枕詞のように「サラリーマン」に寄り添っています。

 給与所得者をサラリーマンと呼ぶなら、大学教授だって、大病院の勤務医だって、みんなサラリーマンです。民間企業人のみに限定しても、雇われ社長は一般的です。社長と平社員が同じレストランで食事できるほど平等な社会においては、大金持ちのサラリーマンというのは考えづらいことは確かです。

 この場合、「しがない」は「とるにたりない」、「重要でない」、「つまらない」の意で使われているようです。英語で表現するとすれば、

only

just

humble

lowly

poor

mean

ignoble

common

ordinary

unremarkable

undistinguished

などが使えるでしょう。

 「しがない」という言葉の下にはどのような単語が使われるのでしょうか。Googleを使ってみると、サラリーマンのほかにはOL、主婦、コック、記者、おやじ、日記、生活、日常、毎日などの用例を発見できます。こうした用例を検討してみるに、「しがない」という言葉は、自分、あるいは自分の日常を表す言葉を修飾し、あえて自己の矮小さを自嘲的に打ち出したい場合に使用されるようです。

 むろん給与所得者であることが問題なのではありません。「しがないサラリーマン」の用例は19,200件見つかる一方、「しがないビジネスマン」のほうは58件しかありません。まるでうっかり間違った語法を使ってしまったかのような少なさです。「しがないサラリーマン」という表現の奇妙なすわりのよさは、サラリーマンという言葉自体に含まれている蔑視的な意味合いと無関係ではないでしょう。

 反面、「しがない」という言葉には、「贅沢はできないけれど、なんとか生活はできる」という意味も含まれているように思えます。「しがない無職」、「しがないひきこもり」、「しがないニート」、「しがないホームレス」という表現は極めてまれです。(用例としては皆無ではありませんでした。)突き放した見方をすれば、「しがない」状態というのは、なんとかやっていけるけれど、環境の変化の兆しは見えないし、変化させる意志もないまま、惰性の現状を受け入れながら開き直った状態なのかもしれません。

 もしかするとこの言葉には、思いのほか危険な力が秘められているのかもしれません。謙遜のはずの表現が、自分の枠を自分で狭める自己規定の作用を及ぼしているとすれば、とても恐ろしいことです。

 しがないかどうかは、自分が決めることです。私自身としてはあまり使いたくない言葉ですね。

Continue reading "しがない私?"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/03/2005

恋と恋愛

5月30日の記事に対する瀬渡君のコメントを紹介します。

僕が「恋」という言葉を使い、石塚さんは「恋愛」という言葉で、答えてくださったわけですが、『翻訳語成立事情』(柳父 章、岩波新書)って、本を読むと、どうやら、「恋」は在来語、「恋愛」は「love」の翻訳語、ということらしいです。この本は、社会思想という講義の課題で読んでいるのですが、かなり面白いです。つまらない講義をする割には、なかなかいい本を紹介する先生です。
この本によると、「恋」というのは、「情欲」に近い不潔で下劣で肉体的な言葉らしい。反対に「恋愛」は、日本語にはない清潔で高尚で精神的な言葉だそうです。そうだったのか…。区別したことありませんでしたよ。

ところで、大枚をはたきつつも、受けるべき?性的サービスを一切受けずに、ただお話している僕って、やっぱ「恋愛」してるんでしょうか。

こいつは難問だ…。

面白そうな本ですね。私にとっても読むべき本かもしれません。

類義語について考えるときには、共通している部分と相違している部分の双方を考える必要がありますね。恋と恋愛にはかなりのていど共通部分もあり、文脈によっては区別せずに使える場合もあるということです。さらに別の類義語との比較のために、愛について考えてもいいかもしれません。少なくともloveの訳語としては、愛、恋、恋愛のいずれも使える可能性があります。

loveの訳語として恋愛ということばが作られたのだとすれば、loveには、恋と愛の両方の意味を含ませたい用法があったということでしょうね。

それにしてもその本の恋と恋愛の定義は、今の言語感覚からすると多少ずれた部分を感じませんか。「恋する乙女」とか「恋に恋する年頃」などという言い回しは、ずいぶん透明な印象があります。「あの人に恋しているの」という表現は、異性との具体的なやりとりはなく、一方的に憧れている状態で使うような感じがします。さらに言えば、恋をする主体は、男性よりは女性のほうがふさわしいようです。

また英語のloveについても、類義語を当たってみてもいいでしょう。ちなみにConcise Oxford Thesaurusには、恋愛という日本語に置き換えられる場合の名詞としては、deep affection, fondness, tenderness; devotion, adoration, doting; passion, ardor, lustなどが載っています。lustなどという言葉も含まれることから、当然のことながら、loveという言葉も、必ずしも精神的なものだけをさすわけではないことがわかります。make loveといえば、完全に肉体的な表現です。

でも、翻訳語の成立事情については、あるていど知っておきたいですね。なんで社会をひっくり返すと会社になるんだ。あるいは、freedomとlibertyは、なぜ同じ訳語で済ますことになったんだ。考えてみれば不思議です。

このあとのコメントで瀬渡君は、ルネ・ジラールについて書いていますね。「欲望は他人の欲望」なんて言葉がありましたっけ。これは一時期、ブランド品の価値なんかについてよく引用されていたような気が。これはこれで面白い話が出てきそうだけど、今回の話からここに結びつけるのは、やや唐突な感じがします。瀬渡君の頭の中では結びついているんでしょうね。

なかなか面白い問題だ→ YES

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« May 2005 | Main | July 2005 »